デート

  『東京百景』又吉直樹ワニブックス。2013年。の中の、76池尻大橋の小さな部屋の章が好きである。

  著者にとって大切だった人、大切な思い出が書かれている。

  すごくいい人ですごく優しい人だった。

  ディズニーランドに行きたくても電車賃もないような二人だった。貧乏でも二人だった。一緒にいて楽しそうだった。

 、、、 明るかった彼女は、とても地味な生活を好むようになった。体調を崩し、東京から去ってしまった。

  こんなはずではなかった。

  

  僕はキミに「ほな行こか」と言って軽快に歩きだす。そして、お腹が痛くなるほど焼肉を喰う。ゆずりあいは無しだ。お腹がいっぱいになったという嘘も吐かなくていい。次の日はカウンターの寿司屋の暖簾をくぐり大将のお任せで握ってもらう。次の日は特上の鰻だ。次の日はフランス料理。メニューを見てもわからないから、名前の響きが面白い料理と必殺技みたいな名前のお酒を頼もう。次の日は海に行って泳ぎまくり、夜は鮭の切り身とお茶漬けで胃を休める。「これが一番贅沢やね」と僕が言ったら、「知ったような口をきくな」とキミは笑ってくれるだろう。夜は露天風呂に入って夜明けの富士山を眺める。そこで僕は「ちょっと待ってて」と言ってパピコを持って来る。良いことがあった時だけご褒美として食べて良い、例のあれを半分ずつ食べよう。部屋に戻ったら太宰治の朗読会。いつか僕が熱を出した時に、『雨ニモマケズ風ニモマケズ』を読んでくれたお礼だ。新潮文庫を持参しよう。次の日はディズニーランド。キミは恥ずかしがるだろう。僕に気を遣うだろう。僕は大きな耳をつけてキミを待つ。速い乗り物とか、高い乗り物に乗ろう。次の日は富士急ハイランドで白いやつに乗ろう。銀座で、キミが笑い飛ばすような高級時計を買おう。リゾート地に向かう芸能人みたいなサングラスを買おう。高い雑誌に載ってる恰好良い服を買って無理矢理キミに着せよう。それで殴ったら歯が折れそうな巨大な宝石を指につけよう。そして海外に行こう。実は数年前にパスポートが取れたのだ。だからキミに頼まなくてもTSUTAYAでDVDが借りられるようになった。ニューヨーク、パリ、ミラノ、上海に行く。海外に行ったら、その土地の美味いものを食べる。飽きたら持参したペヤングを食べよう。                                   例えば、そんなことを僕が提案したら、その人は恥ずかしがって応じないかもしれない。何はなくとも安心感のある炬燵と蜜柑と、くるりの新譜があれば笑ってくれるだろう。

    東京で豪華なデートがしたいわけではなく、(次の日は、次の日は…)と繰り返す著者は。

  ただ、ずーーーーっと一緒にいたかったのかな、、と。次の日も次の日も。

  それが最高に切ない。

  小さな部屋でいいから。


  よくオススメデートスポットとか店とか、コースとかあるけど。そういう人気の、特別の場所でなくても、気があう二人なら本来なんでもいいはずなのだ。若ければ若いほど。

  多分、著者とその人は言うほどディズニーランドに行きたいわけではないだろう(だって恥ずかしがってるもの)

  それでもあえて、普通の東京のカップルらしいことをしよう、という提案が男らしい。

  そして実際に行ったとしたら、多分、夢のように楽しいんだろうな。あえて行くのもアリだと思う。


  東京なんて怯えるほどのものではない、

  貧乏で若かったあの頃(神田川)のキミに、恩返ししたい、応えられなかったことに応えたい、という気持ちが切ない。後悔ばっかり恥ずかしいことばっかりなの若い頃は。

  結果、小さな部屋でいいんだよな。大人になっても。


  パピコだってペヤングだって大人買いできるほどには成長しました。

  ただ、キミが笑ってくれたらいいの。


  バブリーでマッチョなラブレターを装っているけど、心のこもった手紙のように読みました。



  キミは元気に笑っていますか?