うちの支所にて。
窓口ミーティングは、その日の挨拶当番(誰よりも率先してイラッシャイマセアリガトウゴザイマシタを言う係り。日替わり)が司会進行をする。
挨拶はちゃんとできたか?今日お客様に褒められたことはあったか?ヒヤリとしたことはなかったか?うまくいかないので分担したいこと、連絡事項、、、、それを「窓口気づきノート」に記していく。
お客様の立場に立ってふりかえること、それが目的。
窓口は計4人。うち1人の私の上司にあたる責任者が、この一連のミーティングにうまく参加できない。
「やりますよー」と声をかけてもなかなか集まらない。それで仕方ないからその人のパソコンの近くで始めても、作業しながらで、片手間。聞いてるのか、聞いてないのか、、、、。もともとその人が担当者会議に出る「担当者」なので、会議内容を伝えてくれなければこちらはわからない・知らない事ばかりになる。どうにも「担当責任者」の自覚がないので、困る。変更事項、徹底事項を知らされてなかったり、資料を渡してもらえなかったり。
…そんなわけで、話しあいに巻き込むのが、先決である。
若干、オカシイ。
まだ話し終わってないのに、かぶせるように「だから私が言ってるのに」「だから」「もぅー」と話し始める。話きいてないよね。……感情がたかぶる。ため息を大きくつきながら、首を振り、紙をビリビリと破いて、また自分の作業に戻ろうとする。
ブツブツひとりごとのように何か言っている。
拗ねたように「わかりました。気づきノートに書けばいい。私がやればいいんでしょ。残業します。残業しないと終わらんもん。はぁー(ため息)」と言う。
「今の状況だと誰も管理していない。最後まで不明分を追わない。チェックもするし伝票とじもするけど、全体の管理責任者はあなたなので名簿をつけるのはあなたにやってほしい。みんなで協力するから」と言ったのだけど、イマイチ平行線。
「できない」から「やらない」ですませるのか?
「できない」から仕方ない。がんばってみたけど。ごめんなさい。…なの?
(というか、がんばったか?)
「やらない」の?
もう一人の窓口係りの人が突然「◯◯さんがやればいい。◯◯さん、よく知ってるから」と発言した。
私に御指名。
うーん。違うの。
私の立場は「窓口係り」で「窓口責任者」ではないの。
担当者会議で決められたことが伝わらないのに、勝手にやってもダメだと思うの。私の知ってることは最新ではない。いちいち本部に電話かけて「すいません、教えてください」とやるのは簡単。だけど「あの支所どーして責任者じゃない人が管理してるの?」ってなる。責任者のテイで全体を把握して、指示出しすればいいだろう。私は仕事を押しつけてるのではなくて、責任者が無責任に放置しているのが気に入らないのです。
その指名した人も「イジメじゃ。ワルクチじゃ」とブツブツ言ってる。
おいおい。
意見して、改善案を出しているだけ。
個人攻撃でもない。個人否定でもない。
ナカヨシで仕事できたらそりゃいいけど。どうにもならんでしょ。
毎日毎日、このバトル
男性陣が「またか…」と気配を殺している。
冷静にミーティングできないなんて、感情的になるなんて、ホント(馬鹿なんじゃないの)と思う。
そういう気持ちばかり、相手は敏感に感じてしまうのだろう。
感じやすくなっている
私はどんどん冷めていく。
「できない」人には「できる」程度の仕事をさせなければ、まわりも迷惑だし、その人は自信がなくなり気を病む。「できる」ようになろう、と前向きな切り替えや努力もなく(過剰な仕事を与えるコチラが悪い、、)という考え方。
ある意味強いけど。
普通だったら、気を病む。
もう怖いから、あまり関わりたくない
神経質になって、こだわりが偏りになって、小さな事にもつまずいて、
皆の声が聞こえず、近くのものしか見えず、想像もできず、
人が離れていき、
ますます凝りかたまって、オカシイことに気づけない。
毛を逆立てるようにして仕事している彼女を見ていると、狂った時計みたいだと思う。
個体としては通常運動なのかもしれないけど、太陽の光や他の時計と比較したらオカシイ。
秒針も短針も長針も、バラバラにすすむ
止まらない気持ちや身体のように