夫婦漫才。


  お彼岸だったので、岡山へ行った。
  墓は津山にある。

  ついでにみっちゃんに会いに行く。みっちゃんは働き者だ。だけど、いつも一緒だったかえさんがいない。入院、検査を繰り返し、介護施設に入った。

  みっちゃんの連れ合い、かえさんは去年の秋にガンで倒れた。目の後ろにできた悪性腫瘍は手術で完全に除去できる種類のものではなく、必ず半身不随や言語障害といった重い後遺症を残すものだった。専門の医者同士の協議の末、手術はしないこととなった。かえさんの場合は、それ以上腫瘍が大きくならないように放射線の治療をするけれど、抗がん剤治療はしない。
  
  かえさんよりもみっちゃんの方が参ってしまっている、と風の噂にきいていた。
  食事や洗濯は大丈夫だろうか?
  憎まれ口をききながら、二人仲良く働いていたもんな。

  親戚で集ってみっちゃんに会いに行くとすぐ、みっちゃんの提案でかえさんの見舞いに行くことになった。それ程近しくもない私なんかが行っていいのかな、と少し思ったけれど、みっちゃんが見舞ってほしいと言うならそれがいいかな、と思った。

  かえさんは長く話をすると混乱してしまう。昔の話もあまりできない(本人から話しだす場合は除いて)思い出せない場合に混乱してしまうので。とにかく、疲れさせてはいけない。
  腕に点滴の跡が青黒く残っていた。
  身体は半分ほどに小さくなった印象だ。
  足は細くなってしまった。足首だけは靴が履けないほどむくんでいる。
  

  山奥に新しくできたグループホームだった。
  本当に、ものすごく山奥にあった。とても静かな所だった。

  人数分の来客用の椅子が部屋に用意された。
  女性ばかり、かえさんの周りにドッシリと落ちつきおしゃべりを始めた。
  「がんやからな」と淡々と話すかえさん。「昨日は雨だったからな」と話すのと同じテンションだ。終末医療を自覚して、体調が悪くてもそれなりに日々を暮らしていくのって、すごい。働いてチャキチャキしていた人だけに、思うように身体が動かないことや、うまく思い出せないことが不快で不安だと思われる。

  みっちゃんは用意された椅子には座らず、立っていた。
  でもそういえば。去年も一昨年も、みっちゃんは立っていた。立ったまま、タバコを吸っていた。座った姿を見たことがない。

  かえさんはみっちゃんに対する憎まれ口を何回も言った。
  その都度みっちゃんも憎まれ口風に「はっ」と応える。
  「またあんな事言って」と私たちは笑う役割だ。

  「忙しく飛び回ってからに、いっそ、おりゃあせん」みっちゃんが居なくなったら皆困ろうに。人気者でひっぱりだこよ。人気者で働き者だからねー、と親戚総動員でフォロー。
  「男の人はつまらん。いっそ話すことがない」
  
  かえさんは「いっそ、つまらん」と言って甘えている。
  みっちゃんも「いっそ、つまらん」と言って甘えている。

  あんた、ちょっと着せて、と上着をねだる。それでみっちゃんは黙って着せる。

  
  
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  かえさんが倒れたのは、みっちゃんもようやく一休みしようと思っていたタイミングだった。
  少年剣道の指導も退き、米の頼まれごとも減らしていこうと思っていて、山梨の方へ二人で旅行に行こうと計画していたらしい。結婚してから、ハジメテ。富士山見物。
  二人は似た者同士で仲良しだけれど、なんと!お見合い結婚なのだ。

  やりきれない、、、。



  憎まれ口をきかないかえさんなんか、かえさんじゃないみたいで嫌だ。
  それに応えられないみっちゃんなんか、不器用なハードボイルドでとっつきにくい。
  「ふん」「へん」「はっ」と言わない二人なんか、二人じゃないみたいだ。

  一人でイノシシの肉をさばくみっちゃんは寂しい。
  栗拾いはみっちゃんでも、栗の始末は女の仕事だ。
  じばいの大量のカボチャはかえさんの仕事だ。

  
    独特のユーモアと優しさと信頼で、夫婦は成り立っている。ズシンときて、、やりきれない。


  小さい女の子みたいにみっちゃんに甘えるかえさんは幸せそうに見えた


  
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