道順


        道順

  煙草屋の角を右に折れて下さい

  足の悪い男の子が走ってゆきます

  枯れかかった樫の木の下を通ると

  ふと前世の記憶が戻ってくるかもしれません

  道なりにゆるく小学校のほうに曲がって

  (老人同士云い争う声が聞こえるでしよいか)

  訳もなく立ち止まってもいいんですよ

  その時すれちがった一人の若い女の不幸に

  あなたは一生立ちいる事ができないのです

  でも口笛を吹いて下さって結構です

  風がパン工場の匂いを運んできたら

  十字路は気がむいたら左折して

  ちょっとつまづいたりして石塀にそって

  仕方なく歩いてくると表札が出ています

  私はぼんやりと煙草をふかしているでしょう

  何のお話をしましょうか番茶をすすって

  それともあなたは私の家を通り過ぎて

  港のほうまでいらっしゃるのですか


                   

  ↑これは谷川俊太郎の詩集『空に小鳥がいなくなった日』の、一番はじめに出てくる詩です。
  一番はじめにこの詩があるのはすごく良いと思う。ワクワクするから。

  私は東西南北の感覚に乏しく、平面の地図から立体の空間を思い描く感覚にも乏しく、距離感も掴めず、希望的観測でわりと楽観的に出発し、挙句迷うタイプだ。
  太陽の位置を確認する事から始める。
  それでも。
  無茶な道案内とか、破綻した地図とか、ありえないアドバイスとか、大好物なのであります^_^


  (GPS機能ってすごい。こんな私でもなんとなく辿りつくことができる。
  スマホには便利なアプリがあり、行き先を入力すれば経路を表示してくれる。徒歩、電車、自動車、時間優先、料金優先、検索すればいくらでも提示してくれる。ストリートビューという恐ろしいモノもあり、より便利で確実な世の中になった)

  手書きの地図をもらって迷う事が少なくなった。
  何というか、冒険が少なくなった。
  便利過ぎてツマラナイ。
  
  ありえない川が流れる手書きの地図は、現代では不要。

  (クチナシの花が香る)(金木犀の花が香る)(ここの和菓子は美味しい)(ここの家の犬は吠える)(嫌なオヤジがいる)(古めかしいポスト)(青い家)(タイガースファンの家)(和洋折衷の家)(チョコレート工場)(大きなイチョウの木)(だるま屋)(煎餅屋)
  そういうアナログなナビワードで先導されたい。
  
  コンビニや信号の名前やガソリンスタンドの方が確実ではあるけど。

  
  「この地図で(この説明で)辿りつけるのだろうか?」と不安になるようなモノの方が、実は楽しい。
  宝探しのようで。謎ときだ。
  ありえない位置に川を描きこまれたりすると、異空間の旅人になれる。そんな川、ないって!
  
  
 
  「ここ、原田さんちはココじゃないですね?」
  「原田、ナニさん?」
  「原田ヒロシさん」
  「あの電柱まで戻って、上に。上にあがってズンズンいって。神社の参道を横切るんよ。超えてすぐ」
  「あ。車で行かれる?」
  「軽だったら行かれる」
  「ありがと」
  「ええ。ここでUターンしたら。オーライオーライ」
  「すいません。ありがとうございます!…助かりました。ありがとうございました。失礼しますー」

  わからんもん。
  最終的に居た人にきく。