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アンマッチ→不幸。同調は無難ではない、怖れるな。

日常 浮遊
  望まれていることと、やっていること・できることがアンマッチな場合がある。
  果たして。
  最初から「何を望んでいるのか」ハッキリと伝えていただろうか?
  最初から「やりたいこと・できること」をハッキリと伝えていただろうか?
  
  お互いに辛いだろうねアンマッチ。
  期待通りではなかった…!
  妥協も確かに必要なのだけど、できないものはできないだろうし、望みは儚く消えていく。
  
  無いものは作ればよい。
  結果は残せばよい。
  企画は立てたらいい。
  評価するのは結局は自分ではなく他人。
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  遠巻きに、前例と比べて、ふうん、と思っている。
  本人たちも、なんかチガウと思いながら日々を消費しているのではないか。

  アンマッチ。

  、、、

  
  定住計画の失敗だと痛々しい。
  海外青年協力隊とか町おこし協力隊とか、慈善活動的な補助金のついた事業なんかも痛々しい。
  理想と現実のギャップ。

  なし崩しでうまくいく場合もあるけれど、なかなかやり方や考え方を変えられない人もいる。

  幸せかな…?

  無理して辛くないかな…?

  たとえアンマッチな場合でも。夢や希望は語り続けた方がいいと思う。
  優等生のように割り切ってはいけない。
  他人から望まれていなくても。
  現実が思っていたようではなくても。
  少しづつでも。

  それが痛々しさから抜け出る一歩ではないかな。

  とにかく人というものは、同調していればよいというものではない。
  立ち位置がハッキリした人の方が捉えやすいのです。
  無難に過ごして時間を潰していくのは、お互いにとって無益な気がする。例えば周りから嫌われても、仕事をキチンとすればいつか認めてもらえるはずだ。
  仕事をキチンとしようと思えばそれなりに時間はかかるものだ。だから「何をしたいのか」ブツブツと呟き続けるべきなのだ。
  
  ほしい、やりたい、と言っていたらきっと誰かが助けてくれる。
  できる、やっている、と言っていたらきっと誰かが助けてほしいと声をかけてくる。助けてあげたらいい。

  一緒にやろう、と言ってもらえる。
  一緒にやろう、と言えるようになる。