月夜

  月夜。

  蛍を目当てに近くの橋まで。

  例年より朝晩冷えるのでなんとなく蛍の気分になれなかった。(蛍が出ている)というのは時候の挨拶のようなもので、そろそろ夏ですという季語。(今日は暑くなるようです。熱中症には気をつけて)と同列です。

  夜の生温かい空気に誘われて蛍は飛び、人もそぞろ歩くのです^_^

  

  …しかし、思ったより寒い。。。

  月夜で明るい。ライトなしで歩ける。残像のように頼りない蛍がチラホラ。

  植えられたばかりの田んぼの上をすい、すい、すい、と飛ぶ。

 

  手を伸ばしてみた。

  触れるかな?

  とまるかな?

  すい、すい、と蛍は飛んでいった

 

  蛍というと、私は魂を連想する。

  宇宙の闇の中の命のように、小さく光って消えるもの。

  四谷シモンとの対話の中で澁澤龍彦は「神様っていうのは虫みたいなもん」と呟いた。

  私は想像する。蛍の光は神様の道、神様の光、神様の匂い、、、伸ばした手が自分のものではないように思えてくる

 http://sprighascome.hatenablog.com/entry/2014/06/06/000415

昔の蛍の夜の記事、

 

 

 

 

  私は身体に任せている。

  感覚的にわかることは(わかる)ので、思考しようとして理屈にかなっていてもなんだか違うなと思ってしまったら、なんだか違う。生理を騙そうとしても騙せない。体調管理である。

  好きじゃないなと思ってしまったら、好きじゃないし。

  合わないものは、合わない。

  できないことは、できない。

  

  、、、、そうなんだけど。

 

 連動したら、無理なくできたり。

 連動したら、楽になったり。

 連動することでスムーズになったり、より広い視野を持てたり、よりポイントをつかめて上達したり。

  そういうこともあるんだよね。

 

  例えばジョギングで漫然も走るとして。足ばかりに意識がいくと疲れてしまう。ジョギングは主に大臀筋、腹筋、背筋を使うもの。姿勢正しく腕振りをして、身体が全体に連動すると足はすごく軽い。呼吸のリズムが安定すると、どこまでもどこまでも走っていけそうになる。

  

  ヨガもそう。週に一度でも、30分でもやると、呼吸によって身体が連動するのがわかる。

 

  登山していてもそう。姿勢、テンポ、腕振り。疲れてきたら特に腕振り。私は足の筋力があるわけではない。

 

  ちょっとしたコツ。

  漫然と走ることができるのなら、正しいフォームを意識し、重心を意識し、呼吸を意識し、筋肉を意識する。腹筋だけでも、斜めのやら奥のやら表面のやら外側のやら、色々とある。背筋も、大臀筋も、肩も首も胸も、色々な筋肉の束なのである。色々な筋肉の束がすーっと連動して、○年○月○日○時間の走りとなる。

  私は筋トレは苦手なのだけど、ジョギングとかヨガとか登山なんかは楽しい。

  すーっと連動するのが楽しいのである^_^

 

  ☆

 

  身体だけのことではなくて、他のこととも通じると思う。

 連動すれば効率良く動ける。

 

  1人1人、一つ一つを尊重するのはいいけれど、1人でやること一つでやることには限界がある。

  バラバラな筋肉の束を束ねるように

  目標や目的を見据えて力をフラットにしてみたら、正しいフォームが浮き上がるのではないか

  わりと真っ直ぐに連動してすーっと伸びるのではないか

  1人1人一つ一つを尊重するからゴツゴツする。

  自分のこともそう。何かが過剰になっていないか。力入り過ぎて、こだわり過ぎて、伸びきらないのではないか。連動することで、自分自身をリセットすることもできる。

  リセット。

  

  リセット。0になることではなく。

  何遍リセットしても失われないものが、その人の本当の個性。人は変わりやすい部分から変化する(流行って凄く表層部分、軽やかにいこぅ^_^)流行に乗り切れない部分が深層の、その人の個性。決して譲れないもの。

  大事なものを捨てる勇気がある人は、逆説的だけど「ブレが少ない」深層に迫る勇気があるってこと。リセットするたびに大事なものは更新されて意識される。

 

  連動してすーっと伸びるのは、表層でも深層でもなく主に中間だお思う。厚みがある人ほど、伸びる伸びる。経験、ですね。

 

  ありふれた日々を重ね、一つとして同じ瞬間はない。そんな月夜

 

  連なりに身を委ねて、遠くを見よう