彼女の名は、知佳。

 この人はゆるがないなぁ、と思っていた人は教師になった。


 彼女が何事か言い切るのを聞くのが好きだった。たとえば、

「男の人って、答えの出ないことをずっと考えるよね。考えたって答えは出ないに」とか、

「私、わからないことは考えないことにしてるの」とか、

「夜に書いた手紙は、朝もう一度読まないとダメだね」とか。

 そして、あっさり意見をひるがえしたりした。そうだねー、と感心して嬉しそうに言う。素直に謝ったり、相手を褒めたりする。

 ちょっと聞くと、彼女のことを〈難しいことを考えない人〉のように捉えがちである。そして周囲の何人かは、気づかなかったかもしれない。彼女の優しさと強さを。


 彼女の醸す雰囲気が哲学的な質問を投げつけたくなるのだろうな、と思う。実際に受け止めてくれるし。からりとした感じで、ふぅん、と言われるのは悪くないと思う。

 結構難しいと思うのです。ふぅん、といい感じで言うのって。


 教えるのって、大変な仕事だと思う。本当に正しいこととか、生きていく上での強さとか、忘れてはいけない優しさとか、美しさを知ることとか、努力を続けることとか(信じることとか)、協力することとか、なかなか教えるのは難しい…。


 大人として良い手本として、彼女は自分を見せつける。押しつけないやり方で。静かに体現している。

 自分が魅力的な大人で、しかも受け止める優しさをもって、どんどん言い切っていく。 ひるがえしていく。


 それを裏付けて支えるものは、確かにある。うまく言えない、彼女のゆるがない根拠。彼女の個性。

 そしてそれは、かけがえのないもの。


彼女の名前は、知佳と書いて「はるか」と読む。