呑み込めずに、ベッと吐きだす。

 私は今、山口県の田舎に住んでいる。

 不便なこともあるが、以前よりも良いと思うこともある。


 以前は横浜市内の住宅街に住んでいた。東海道線沿線で、電車を降りたあとバスを利用して家に帰る。バスは渋滞したり工事があったりすると時間が読めない。なので待ち合わせする時は結構早めに家をでる。渋谷なら一時間半、新宿なら二時間、横浜でも一時間。ずっと自分のことを田舎者だと思っていた。


 話は変わるが、山口県防府市出身の噺家がいる。東京で活動しているらしいが、シンウチで還暦近い方。その方がふるさとの山口県内を巡業する企画があって、防府市に彼の友達がおり、人脈をつたって私たちの田舎町も巡業場所になった。私は観光協会に知り合いがおりボランティアで手伝いをすることになった。何故ボランティアを申し出たかといえば、生で落語をきいてみたかったからだ。歌舞伎や浄瑠璃と同じく、落語もちょっと敷居が高い。知らないと笑えないこともあるんじゃないかという心配がある。スノッブな空気というか。でも、地元の出身の方ならなんだか安心。チケット代も500円と気軽な感じ。しかし私はチケット代は払わずにボランティアとしてパイプイスを拭いたり飲み物を買いに行ったりウチワを配ったりした。チケットは完全予約制で約百枚売れた。会場は観光協会の敷地内。客席は田舎のジジババ。女性の方が多い。

 

 初体験の落語は面白かった。満席。地元のおじいちゃんおばあちゃんも笑っている。「成功」と言ってもよいと思える。でも私は気に入らない。胸くそ悪い。嫌ぁな気持ちが治まらない。


 噺家が登場し、拍手で迎える。彼は客席を見回し、話し始める。マクラでもない。初めて生で落語をきく人はどれくらいいますか?と質問したり、カミテとシモテとか落語の約束ごとを説明したり諸々。「こうしてお客様と直に接して、どの噺をしようかなぁと考えてるんですよ」と言った。そりゃイイな、と私は思った。ワクワクするじゃないか。

 はじめの噺は、知ったかぶりをして恥をかいた和尚の噺。

 次の噺のマクラが、電車の中で化粧をする女性がみっともなくて見てられないという話。銀座線の終電間際に、高級ではなさそうな店のホステスが電車の中で化粧を落としていた。みるみるおばあさんになっていって座っていたのがシルバーシートだった、というオチ。思ったほど受けないので「ココ笑うところよ、銀座線よ」とか言っている。私は笑えてしまったけど、車社会の山口県ではよくわからない話なんじゃないか?若者ならともかく、ジジババが地下鉄銀座線知ってるか?この人、山口県出身なのになんだかまぬけだ、と内心思っていた。大阪で講演する時も、銀座線ネタを選ぶだろうか?

 「トイレなら、その辺の川でどうぞ〜」という発言もあった。言いっぷりでみんな笑っていたケドね。なんか釈然としない。


 講演が終わった後に会場を片づけていたら、その方の世話人の人が私に「君、ここに住んでるの?」と聞いてきた。


 はぁ?


 「君、ここに住んでるの?」???


 …いわく、右田(防府駅近辺)からココまで、コンビニ一個もなかった。この辺の人はちょっとの距離でも車を使おうとする。あの人はIターン組で前は○○に住んでた。あの人は公務員。マチオコシと言ったって、主導してやっている人はみんな六十過ぎだよ…、やんなっちゃうよなぁ…、


 …どうやら防府駅近辺出身である自分はマチ者で、この田舎町に住んでいる私と、田舎であるココを腐したいらしい。

 

 正直、私の中で防府駅近辺はマチではない。

 私のイメージのマチは六本木や銀座や日本橋で、人があまり住んでいないところである。防府駅近辺はどちらかといえば住宅街である。コンビニの数が都市の格を決めるとも思わない。バカにしてる。どんぐりの背比べ。実際、東京なんて田舎者の集まりで、雑誌を切り抜いてきたようにがんばってオシャレしている人を見るとこちらが何故か恥ずかしい気になってくる。見栄っ張りな芸能人。人脈を自慢する芸能人。そうだったそうだった。テレビやら雑誌やら、振りかざしている人がいたんだった。


 そうして田舎者をバカにする田舎根性に気づいた。

 善良で素朴で子羊のようなジジババを嗤う人がいる。お金を払って楽しみを買おうとしているのに。気持ちよく笑おうと思って来ているのに。凱旋しているつもりなのか。ヤラシイ嗤いだ。お前の方が私よりもよっぽど山口県民なのに、山口のジジババを嗤うのか。トラクターに乗ってカッコいいジジと、それを操縦する万能のババを嗤うのか。

 田舎に住んでいて不便なことの筆頭は、映画館が少ないこと、つまり単館上映作品を選べないこと。でも、私はそれを他の方法で補える。

 どう言ったらいいのだろう。「ここに住んでいるの?」と問う人に、投げつけたい感情がある。絶望的な色をしている。

 

 私はこちらに来てブラックユーモアを控えるようにしている。どこでどう解釈されるか、わからないから。私はよそ者だから。方言を知らない。言い伝えを知らない。郷土料理を知らない。祭りを知らない。何も知らない者が、自分のやり方を通しても良いことはない。なるべく知りたいし、教えてもらいたい。でも自分の素性を恥じてる訳ではないから、隠さない。そういうものじゃないかな?朝ドラのヒロインみたいにすぐに方言喋れたり、馴染めたりしない。隠さないけど「違う」ことを常に感じる。


  私はよそ者。お金も払っていない。落語も初めて。観光協会は成功して良かったと思っている。(高校生の文化祭のような、観光協会。内情は仕事を持った人と退職した人たちがボランティアでやっている。失敗もある。段取りは悪いかもしれないが、これからも私は協力すると思う)考え過ぎだと思う。深読みし過ぎだと思う。世話人と噺家は、それほどの仲ではないかもしれない。関係は希薄なのかも?


 私は誰に何を言えるだろう?呑み込むことができずに、ベッと吐きだした。


 謝礼金の包みを見た。

 500円カケル百人。5万円以上、包まれていたら……、などと考える自分も、どこかヤラシイ。