ホタル幻想

 近頃のホタルは宵っ張りになってきたが、だいたいゴールデンタイムは夜8時から9時。10時過ぎでも飛んではいるが、乱舞は期待できない。

 在住の方にぽそりと教えてもらったのだが、ホタルは夜明け前にも飛ぶらしい。朝のほの暗い時刻のホタルもまた格別に風情があるそうだ。大量のホタルに感激至極だった私は、明け方のホタルに挑戦することを心に決めた。


 時刻は3時18分。目覚めたのではなく、眠らずに起きていた。

 ぅうぅ…っすら明るい。月のある夜で、夜明け前の明るさなのか月の明るさなのか、わからない。懐中電灯を持って、近くの川まで歩く。月あかりで歩けるけれど、不安な場所だけ下向きにライトを燈す。人口の光は目に鋭い。目的の橋まで田んぼのあぜ道を歩く。カエルの声もいつもとどこか違う感じがする。

 川幅は40mくらいかなぁ。河原の幅も結構ある。草や竹やクズが生えている。人が渡るための細い橋がかかっているがこれは100m以上あると思う。だいたいいつもこの橋の真ん中で、私はホタルをみる。

 橋に着いてホタルを探す。じっとみつめたら浮かびあがってくるような光があった。夢のように淡い光だ。錯覚のような光だ。同期するようなこともなく、それぞれ、ふらふらと飛んでいる。薄明かりの闇に、滅んでいく魂のような儚さだ。うわっ。怖い。夜明け前というか、丑三つ時じゃないの。橋の向こう側に、死んだおじいちゃんとか立っていそう。恐怖ではなく、異世界への畏怖です。怖いよー。おじいちゃんは怖くないけど、いつもの橋がいつもの橋ではないという違和感が急に来てビックリした。綺麗だけどさ。だんだん空が明るくなるのをうっとり鑑賞するという余裕は、私にはなかった。背中に背負う闇が急に深くなった。振り返れない。とりあえずサッとみて帰った。


  夜明け前はものすごく柔らかくしっとりとした気配がある。甘い果実が熟れる匂いに満ちている。ホタルってスイカくさいから、夜とホタルの混ざった匂いなのだろう。これはすごく好きだったな。


  在住の職場の人にホタル報告をする「朝行ってみたんですよホタル!怖かったですー!キモダメシじゃないですか!死んだおじいちゃん出てきそうでしたよー」彼女は、明けるまで見んかったかね、ふぅーん。と面白くもなさそうに言った「あれはあれでええじゃろ?ま、キモダメシぃね」私はまだまだ未熟である。この人は多分(言わないけど)、結構ホタルを見ている人だ。私よりもずっと幻想的なホタルを知っている。

 

  飼い慣らされていない野生の夜がある。たくさんの植物や動物が息づいて生きている。

 

  ホタルの時期はそろそろ終わり。

 季節が巡っていくのを楽しみに待つ。